信じるの謎
自分がなにかを信じるという状況がよくわからない。本気で信じているなら、自覚としては知っているということになってもよさそうだ。
とここまで書いたところで、たしかプラトンによると、知識はjustified, true beliefだったということを思い出し、justificationはないけどほんとのことだとわかっているというのを、信じるとよぶのだと思うと、ひとまず納得した。
自分がなにかを信じるという状況がよくわからない。本気で信じているなら、自覚としては知っているということになってもよさそうだ。
とここまで書いたところで、たしかプラトンによると、知識はjustified, true beliefだったということを思い出し、justificationはないけどほんとのことだとわかっているというのを、信じるとよぶのだと思うと、ひとまず納得した。
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信じるのは心でするものだと思います。頭ではなく。
心を登場させないとないのか、心を登場させなくてもあるのか、そのあたりが気になっています。
私が『信じる』と言う場合はいつも心が入っていると思います。
そうでない場合は、『あると思う』とか言うと思う。
どういうときに『信じる』という言葉を使われますか?
私は、人や、擬人化したものに対して、かなあ。擬人化というのは愛情の表れだと思いませんか?私はよく、物に対し、『こいつ』とか言ってます。
カーナビは信用できない。信じるという言葉は使わないなあ。
人を信じたことはありますか?
私が信じるのは、息子と姑かなあ。
たとえば、10年ぶりに会った友人と、10年前の友人とが、同じ人だと信じたりします。
どういう意味か分からないんですけど。
10年ぶりに会った友人は信じる、ということですか?
10年ぶりに会った友人と、10年前の友人は同じだと思うんですけど。