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「いしいワールドチェック」が面白かった。
「いしいワールドチェック」が面白かった。
もともと昭和19年に刊行された本だが、書いてあることの中身が現在でもそのまま通用する。
独断家は、或る場合には天使の如く見え、或る場合には獣の如く見えないであろうか。
http://www.newscientist.com/news/news.jsp?id=ns99996429。ネズミは嗅覚が敏感で、しかも狭いところにもぐりこめるから、こういう用途に向いていると目を付けたらしい。
まずネズミを、人を見付けるように訓練する。そして人を見付けたらネズミがどういう脳波を示すのか特定する。実際に使うときには、ネズミに脳波計と電波発信機を付けて、ネズミが人を見付けたら脳波で判断できるようにし、さらに位置もわかるようにするという。
「法律の条文の本文は,論理式で書かれなければならない(前文は自然言語.条文は人工言語)」というルールを提唱している人がいる。このルールを採用すると大きな害がある。
人工言語を用いて法律を書く場合、その人工言語の規格を、あらかじめ定める必要がある。さらに、法律を書くのに使う用語の集合は言語学的に開いているから、どんなに完璧な人工言語を作ったつもりになっても、いずれ拡張しなくてはならない。
人工言語を定義し、拡張するためには自然言語を用いなくてはならない。そうしなければ、現実世界との対応を付けることができないからだ。
条文は人工言語で書くから解釈に揺れが無いようにすることはできるだろうが、人工言語の定義は自然言語で書くから、解釈の揺れを消すのは、自然言語による条文の解釈の揺れを無くすのと同程度に難しい。
さらに、上記のルールを採用した場合には、人工言語の定義を読んで理解できる人だけしか、法律を読むことはできなくなる。さらに、法廷での論争は、人工言語の定義をどう解釈するのかという問題に集中するから、人工言語の枠組みを理解できる人だけしか、法廷で議論はできないことになる。
白根山で、物理探査の原理と手法を学びました。
http://postini.com/stats/world-spam-2048.jpg。ずいぶんはっきりと偏りがある。
曰く、「エッセーは、最初に結論を決めて書き進めるものではなくて、そのときそのときに一番面白くなりそうな方角に話を進めて得られる。面白い、とは読者に驚きを与えること。驚きを見つける能力は、経験とともに増す。人に期待されていることばかりでなく、いろんな方面に首を突っこむのがいい。」豊かな考え方だと思う。
Project Gutenbergの目録を眺めながら、読みたいものはないか、訳したいものはないか考えている。できれば、訳に価値が出るものがいい。未訳だったり、既存の訳が古すぎたり、あるいは翻案ばかり出回っていて原典がどんなものだかわからなくなっている童話など。
英語の勉強だけしても、使い道が無いと仕方がない。