うろうろ

駒場にて、数理の翼とかその同窓会とかと、他のいろんなところとの連携の可能性について説明してもらった。

で、図書館に行って、プラズマ工学の本と、古今著聞集を返してみた。延滞してしまったので本が借りられない。

ま、いーや。持ち込んだ虞美人草を、読んでいた。ぽわぽわ。藤尾、悪女だなー。かっこいいなぁー。ぽわぽわ。小野だってそんなに鈍くさいほうでもないのに、劣勢だなぁ。わざわざそんな大変な応対せずに、ぴらぴらすればいいのに。

比叡山って、そんなにきつい山だったっけか。霊山ではある。霊山といえば、恐山は、景色があの世っぽい。

工事現場、めやすからず。駒場公園に行ってみた。前田侯爵の洋館があって、庭の桜がそれはみごとなところだ。

駒場公園は、筆頭おひるねスポットでもある。駒場公園のおひるねは、ぴらぴら幸せの境地である。今日も、行って虞美人草を読もうか、昼寝をしようか、1:3くらいの比で考えていた。

行ってみると、子供づれの花見客でさわがしい。花見客を捨象すると、それは見事な庭である。あの世っぽい。が、捨象しているのが面倒なので、歩きとおり過ぎる。寝るところがない。

今度ひっこす先のマンションを見てみることにした。歩いていったら、近所においしそうなものがたくさんある。めでたい。

のどが渇いたので、99円ショップに寄ってみた。この99円ショップは、前から、わけわかんないことをしようとすると、目の前に現れる。京都でも、富士見が丘でも、吉祥寺でも。

帰りの電車でも、虞美人草。ぴらぴらはまるで甲野さんだー。このひと、そのうち真剣に自分からなにかするのだろうか。

ねぇどうなの。

武宮 宇宙流

NHKで、大昔の囲碁のNHK杯の準決勝の再放送をしていた。解説は、武宮正樹。語り口が、かなりてきとーで、ぴらついている。で、武宮さんの「宇宙流 生き方のすすめ」を読みたくなった。

ぼくも人生、実利よりも厚みで勝負してるからなー。

が、宇宙流のすすめをアマゾンで探したら、新品はないみたい。残念。あの本がロングセラーだったら、それはそれで怖いけど。

松本に行ってきました

小学校の修学旅行以来。でも、あんまり景色は変わっていなかった。旅館の味噌汁、ちょっとユニーク、好感度高し。

京都国立博物館のただ券を、使ってくれそうな人に渡せた。めでたい。

Blokusにはまる人をたくさん作ってしまった。Simpeiが先手必敗であることが知れ渡ってしまったからかもしれない。

Blokusをやるプログラムを書きたくて仕方がない。なんとなく、盤面からの評価関数を考え始めた。うーん。できるなぁ。

もじぴったんの布教はしなかった。ま、このまえ、立花ゼミでのむさんが「なにこれー」と言って気に入ってくれたから、よかろう。

帰り道、甲府によりみち。ほうとうを食べた。パリコレ。かぼちゃアイス。かぼちゃの皮を削って食べると味がないらしい。スイカの皮はぬかづけにすると美味らしい。

みんな頭のねじを数本、松本においてきた様子であった。あはは。

武田神社に行って、算額に出ている自分の名前を確認。まだ飾ってあったんだー。海ナシ戦隊ヤマナシマン。

久しぶりに四則をやったが、眠くてぜんぜんできなかった。そのくせ、「これだけあればできるー。」とか、「あと一枚いるかもー。」とかの感覚は精緻なので、できるはずのことができない自分にいらだつ。ま、勝手に解を見つけてくれる人がいたからいいけど。

月日は百代の過客にして

月曜の朝、三鷹の自宅で豚汁を食べた。

魚啼き鳥の眼に涙。

小石川で、おにぎり二つを食べた。

大手町のサンケイホールの下見をした後、

昼ごはんに、渋谷のおいしいお茶漬けを食べた。

その後、たかだか32ページの冊子を800部作るだけなのに、翌日の朝までかかってしまった。ほえー。

駒場のゼミ部屋で、ラムネを大量に食べた。

ピザを食べた。

引越特集(1)

今度引っ越すので、親が、要らない物は捨てるようにと迫ってくる。

放っておくとすべて捨てられてしまうので、残す物をより分けている。

すると、わりと面白いものが見つかった。

  • 「カリスマ引越屋への道」
  • 自分が作った地図が載っている、帝国書院発行の冊子
  • 小学生時代の、気合いの入った作文

耳に痛い引用

眠られぬ夜のために〈第2部〉 の中で、以前みつけた言葉から。

なんら正しい結果へ導かないのに、いたずらに多くの時間と精神力を要求するような事柄からは、つとめて遠ざかるがよろしい。クラブ、会議、委員会、講演(それをやるのも聞くのも)などの大多数がそれに属している。そのようなものが生命力をもち、有益である場合には、それを援助すべきであるが、果たしてそうであるかどうか、あるいは社会や新聞で名を売りたがる連中の単なる競技ではないか、それを見分ける正しい直感力を養わねばならない。

ある先輩によると、対人コミュニケーションは時間の経つのを忘れるそうである。これを肯定的に捉える人もいるし、否定的に捉える人もいる。

高潔なヘンリー・ドラモンドのまことに適切な言葉は次のように語っている。

「ぞんざいな、不完全な仕事をする人は、みずからぞんざいな不完全な性格を養いつつあるのだ。その人はたえずごまかしに馴染んでいる。そこで、この眼に見えないものが、彼の仕事から、ちょうど微妙なエッセンスのように立ちのぼって、彼の魂のなかに浸みこみ、それを毒するのだ。」

残念ながら、これにすこしつけ加えねばならない。すなわち、この言葉は、そのようなごまかしの仕事をふんだんにやっているわれわれの時代の、またわれわれの世代全体の、まさに痛い所を突いているということである。

残念ながら、僕もこのごろあまり丁寧でない仕事が増えている。功を焦って新しいことにどんどん手を付けるのはよくないらしい。

こういう厳しい基準でときどき考えてみないと、自分のしていることに意味があるのかどうかはいまいちよくわからない。

買い物

吉祥寺駅の北口で、一時間に一度鳴る花火っぽいものがある。花火が鳴る前にいつも流れる音楽がある。これも一時間に一度のことだから、数ヶ月に一度しか耳にすることはない。

今日、たまたま聞いてしまって、ふと悲しくなった。ぴぃ。すぐ回復したが。

吉祥寺に買い物に頻繁に来るのも、あと少しだしなぁ。

吉祥寺は、狭い範囲に全部あるので、候補のお店を全部回ってから買う、というのが簡単にできてよい。

いくつかネタなものを買って来た。着る物もちょっと買った。

高尾山

高尾山に登りました。

離散数学の人と、音大でピアノ弾いてる人と、化学っぽい人と。

登る前に、トリックアート美術館によってみた。

http://www.trickart.jp/

親切に見方を説明してくれて、なかなかよかった。

一緒に行った人の生首(しかも生きている)写真を撮ることもできた。

トリックアートを見た後、名物というとろろそばを食して、登って、降りてきた。

一緒にいる人達が植生の話をしているのが楽しい。

杉がたくさんあるのにぴらぴらの鼻は反応しなかった。

花粉症だと思っていたのは、スギ花粉によるものではないらしい。

皮膚科に行ったら診断はつくんだろうけど。

ピアノの人が、山登りして肩こりか軽くなったと言っていた。

すこし善行を積んだ気がする。

「茗荷と姫竹の辛味噌和え」を買ってきた。ごはんと一緒に食べたい。