年末じゃ。

コンピュータの話。Skypeが使える状態にした。しかし、よく考えると、使い道がないので、とりあえず放っておく。あ。Ubuntuの完成度は素晴らしい。しかし、よく考えると、Debianのリソースがあってこそだ。

たべものの話。キムカツのとんかつがおいしい。しかし、よく考えると、もはや、とんかつではない。薄く切った肉をぐるぐる巻いてふかふか重ねて、揚げている。間に梅やら紫蘇やらネギやらをはさんである。

古文の話。雨月物語を読みはじめた。これはすごいの原義においてすごい。初見では原文を声に出して読んでいるだけなので、現代語訳と解説は飛ばす。注は、ちょっと眺めることもある。

たべものの話。おいしいチョコレートが無くなったかと思ったら、上げ底だと思っていた箱から二段目が登場。じゃじゃーん。

ひとの日記を読んで思うこと

– 将来の有為な若者達のために、ソリティアとマインスィーパをなくして欲しい → Windows なんて使わなければいいのに。 と思ったら、Gnome にもゲームはついてくる。

– スパゲティと書きたいときに、ghe がゲにならなくて戸惑う → SKKを使えば、spaghettiがスパゲティになります。

– ちょっとほろ酔いくらいの方が、普段より速いスピードでプログラムが書けて、しかもバグが少ない。→ 僕の場合は、Schemeでプログラムを書くときにのみ、そうなります。Schemeを、ついついschemeと書いてしまうことがあって、それはたぶん、普通の固有名詞だと思ってなくて、the earthとかthe sunみたいな謎の唯一性を帯びた存在だと思っているからに違いない。

部屋においしいチョコレートがある。知らないうちに、減ってゆく。

年末は読みまくるのだ

バイト。お昼ごはんは、親子丼。開店記念で800円。典型的な東京の味付け。おいしかったけど、しばらくして喉がかつえた。

帰り道、駒場IIキャンパスの密室に、ノートパソコンの電源アダプタを取りにいった。向かいのラボでは忘年会。密室には、窓際に、白ワインが置いてあったので、それを持って乱入しようかどうか、ちょっとだけ迷ったけどやめた。

ソースコードを読むのは、たべものを食べるのに似ている。はしっこからかじってみてどんな味のものか確かめて、まんなかに攻め込むところとか、一気に食べすぎると、なんか詰まった感じがするところとか、component間の境界が命であるところとか。

ソースコードを読むのはミステリィを読むのに似ている。うかうか読んでいると、謎ばかりが増える。しかし、注意深く読んで伏線をきっちり抑えていけば、解く材料は自然に集まってくる。そのため、ソースコードを読みまくっていると、ミステリィを読むのと似たところが疲れてしまう。なんかのコールセンターでバイトをしたあとにカラオケに行くようなものだな。

今年のまとめ

  • もじぴったんは、結局あまりやっていない。
  • いまのところに引っ越した。気づいたら帰る家が違うところになっていたような感じ。近所においしいものがたくさんあることの恩恵に浴している。ぷかぷか。おしゃれな街であることの恩恵にはあまり浴していない。
  • 結局、洋服を買うのをめんどくさがっている生活には変わりが無かった。γくんにお願いして下北沢界隈を案内してもらったのは、貴重な機会をうまく活かせたといえます。
  • しかし、トナカイを買ってしまった。matr氏がついてきてくれた。
  • コンピュータは、がしがし使うようになってきました。この分野の歴史に置ける現在の位置付けもなんとなくわかった。道具が整ってきて、だんだん誰にでも使えるインフラになりつつある時代。でも、誰にでも使えるわけではない実態。
  • 省エネがさらに進んで、ますます物事の扱いがきまぐれになってきている。
  • そして、いまだに自分の専門性は見えず。
  • 2年のころに比べたら、ずいぶんやることを絞ったのだけれど。当時は、ショウジョウバエの解剖をしたり、あやしい舞踏家の講演会に遊びにいったり、いろいろしてた。
  • 論理学というかモデル理論は、ふーんと思った。いろいろ整理整頓された。
  • いろんなひとが同じことをいろんなふうに考えている様子が、なんとなくわかるようになってきた。年の功ってやつかもしれない。
  • そういえば、小学生的な頭のキレはすこーしずつ鈍っているような気がする。一方で、ご隠居的に的確でてきとうな思考様式は、身についてきているような気がする。昔からどちらかというとぴらぴらの知恵袋でしたが。
  • 非常食を買った。しかし、部屋に本が多すぎるので、崩れてくるといやだ。まだ読んでいない本は増加の一途をたどる。なので、あんまり熱心に人の日記を読んだりメッセしたりスカイプしたりは、しない。なんだかんだ言って、40歳くらいになるとあんまり深く眠れなくなるし、新しいことを覚えるのが大変になってくるし、それまでは新しいことを考えつづけるのが得なのではないかと思う。
  • 年の始めごろにSNSを作りたいと言っていたら、秋頃にビンの会ができたので、また、何か作りたいと言ってみることにしよう。なにがいいかなぁ。いまどき、ん~。

いつのまにやらビンの会

メッセージ数が10の4乗を突破。実はメッセージ数を数えて表示するために、メッセージ数に比例する時間がかかっているのだが(だめじゃん)このへんもそろそろ改造しないといけないのかしらん。

なんというか、一万回も、「なに書こうかな。うーん」と言ってなにか書いてくれた人がいて、そのうち8割くらいは無事読まれているわけで、これはこれは、うちのマンションを出入りする年賀状の数より多いかもしれない。

いま読んでる小説で、Life: A User’s Manualというのがある。User’s Manualを書いている身としては、索引のつくりに興味が向くところだ。なんというか、ひとつのアパルトマンをめぐる人々の細かい話がたくさん書いてある本で、99本の短編小説が組み合わさっていると言ってよい。年表や索引が念入りに入っている。三分の一くらい読んだのだけれど、作者が何をたくらんでいるのかいまだによくわからない。変な人がたくさん登場する。これだけたくさんの変な人を書けるのだから、作者も変な人だったに違いない。変なものもたくさん登場する。いくつかの章は物尽くしになっている。類聚というのですか。2ページまるまる物の名前の列挙になっているところもある。かと思えば、代数の教科書が引用してある部分もある。エレベーター故障中の掲示がわざわざ図版になっている。意味が解らない。

愛というのはホットカルピスだそうな。へぇ。

しばらく忘れてたビンの会

このごろしばらく、孤島からビンを流す会?のことを忘れていた。

ふと思いついて、同じ質問を投げまくってみたら、多様な返事が返ってきて、わりとおもしろい。

登下校

家を出たのは午前8時半でした。寄り道をしてしまったので、登校は午前0時過ぎでした。下校は22時ごろでした。なんか疲れました。でも22時間しかいなかったから、短いほうか。

n点を通る多項式の定積分で下手な計算をして桁落ち。中学生のときだったらまちがえなかったと思います。中3のときの自分に勝つためには、ちゃんと動く囲碁プログラムを作ればいいのかな。

ハヤシライスにトンカツをのせたものは、なにかが抜けた味でした。そのなにかを補うにはどうしたらよかったのでしょう。トンカツを別のところに移動させてソースをかけるのが正解だったかもしれない。

Linuxで使われているライブラリであるglibcの三角関数計算ルーチンの一部に、Sun Microsystemsの著作権表示がついていました。あ、でも、その表示を残す限り自由に再配布・利用可能だそうです。

読んでいるとあちらこちらに先人の知恵を感じるのですが、ちゃんと全部を汲み取ってはいないのだろうな。なんとなくT. S. Eliotを思い出します。

この世界では巨大な共役勾配法が進行していて、ある瞬間に突然、真の解に落ち込んでしまうということが、あるだろうか。

トナカイ 外へ

大人数の団体の中に紛れ込んで、少しだけ外に出てみた。

ヒトのものの考え方は、ひどく多様である。無意識に前提としていること・意識的に前提としていること・気にする対象・気にする方法がみんな全部違うのが、ちょっとずつ見えてきている。

また、なんか地下に泊まっている。