トニオ・クレエゲル読了
人の世にあるは居心地悪く、籠山し鳥を肩にとめ虎に説法を垂るるは人生が惜し。隠れ生き、世間に真直ぐ快活に暮らす人々をば遠くまもり、憧憬と羨望、すこしばかりの軽侮を保つ。何某かの生き甲斐あらば、こも幸ひならむ。
人の世にあるは居心地悪く、籠山し鳥を肩にとめ虎に説法を垂るるは人生が惜し。隠れ生き、世間に真直ぐ快活に暮らす人々をば遠くまもり、憧憬と羨望、すこしばかりの軽侮を保つ。何某かの生き甲斐あらば、こも幸ひならむ。
同窓の友にアルバイト先を周旋せし帰り道、東大正門前にてふと見れば、例の秘密結社の、ぷくぷく・bakko・じろー・しぶのよたり、かうべをあはせていひかはしをる。同窓の友には先つかた行かしめ、よたりに寄りて「なにをかせむずる」ととふに、「散歩なり」と。
根津権現に参ると口々に申せば、予て知りぬる我が秘密の近道をゐて行く。途中、大学敷地なれど用ゐざる雑木林あり。柵を越え中に入れば、踏み跡なき木の葉の散り敷くさま、上等の洋菓子に似る。
根津権現、六義園を経、西日暮里にて、うどんと酒とを食ぶ。美味。
じろー、「言問ひ通り」の名の所以ゆかしといへば、「伊勢物語の昔男の、隅田川にて言問ひすなる、その所以なり」と示す。うちおどろきて「都鳥の」と申す。打てば響くとはこのことなり。
上野に至り、野口英世像と西郷隆盛像とを拝す。隆盛像の足元なる台に彫れる文、暢達なり。明治の文なればならむ。三四郎池脇なる浜尾先生像の裏なる文、和文漢訳調無しとせず。昭和の文なればならむ。今の世に達意の漢文をものする人、さだめて少なからむ。
ぴらぴらが文も拙し。必ず誤りあらむ。見出づる方、乞ふ示されよ。
ある人は、自分の子供には小さいときから体操をさせたいという。柔軟性がなくて自分が苦労したからだ、と。親の願望を子供に押しつけることに、一瞬反発を覚えた。しばらくしてまた聞いてみると、柔軟性だけは、と言っていた。
半年ほどして考えてみると、 本人が習い事を自分で選べるようになる以前から始めさせないとなかなかものにならない資質や能力はたしかにあるので、親が言い出して習い事をさせることに、理がないわけでもない。柔軟性は、幼少のときでないと身につきにくいものだと思う。ぴらも、三歳のころから体操をやっていた子をうらやんだことがある。
モンテーニュは幼少のころ、聞こえる言葉はラテン語のみという環境で育てられたそうな。
これ。講演っぽい文章がいくつか収まっている。例によって、わかりやすいけれども丸め込まれたような気がする。
電子投票による直接民主制っぽいものがうまくいかないであろう理由がいくつか挙がっていて、一番なっとくできたのは、民意は絶えず浮動するので、一度決定したことが変えられない場合(外国との約束とか)に、人民はご不満である、というもの。僕が電子投票でなにかを決めるサイトを主宰するとなると、不満の鉾先になる可能性もあるということだ。くわばらくわばら。
市民通貨があれば、あれもうまくいく、これもうまくいく、みたいな話も書いてあった。全然なっとくできなかった。しかし作ってみたら面白そうなことはわかる。ひとつアイディアが浮かんだので、気が向いたら世間的な義務を放り出して作るかもしれない。
研究室で起床。朝ごはんはSubwayのえびアボカド。昼ごはんは二食でしょうが焼き丼。夜ご飯はローソンで買った納豆まきとサラダ。だいたい論文を読んでいた。カステラーニさんの論文を読んでいたのにカステラを食べていない。ちょっとだけ踊った。
よく眠れなかったらしい、あやしげな夢をたくさんみた。
どっかのスーパーかデパートの上の階で、万引きをした人かなにかの相手をしていたらしい(覚えていない)。その後、上司に「あいつ(誰だかわからない)も大学出たてのおぼっちゃんだから、習ったことの範囲を超えると全然わかってないんだよねー、君と同じくらいわかってない」と言われ、なぜこっちに飛び火するのだ、と思っていたら、「そろそろ一応あれ見といたほうがいいね」と言われ、地階の裏口から外に出て、一緒にタクシーに乗った。なぜかタクシーの扉の開き方がおずおずとしていて、あやしい。タクシーは走り出し、映像はパンして、なぜかタクシーの後からパトカーがサイレンを鳴らさずにくっついてくる。いぶかしむ市民。あとのことは忘れた。
平和に寝ていたら、壁がじゃばらの間仕切りに変貌してて、隣室にいた親戚とか研究室の人とかに、こっぴどく叱られた。いろいろ音の出る機械を放置して眠り込んでしまったらしい。普段はそんなことしないんだけどなぁ。
けっこう楽しいなぁ。もっといろいろ夢みないかなぁ。そして、書いてしまうと急激に忘れていく。